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★candleをご購入頂いた皆さん、ありがとうございました。
今年のキミに感謝する、来年の夢を記録する、thanks candle。次回もまた書いてください。
やがてこの輪は日本中に広がっていくと思います。
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もうすぐ2017

サボってる訳ではないけれど、気が付くと今年も終わり。去年と違って終わらないうちに気付いた。

と言っても2時間〇〇分前。今年最大の驚きはアインシュタイン。相対性理論にも対論があるということ。そんなこと言っても、べつに相対性理論を知っているわけではないから、こんな驚き なんてことはない。相対性理論は間違いのない真実だと思っていたから、驚きは絶対への不信。不信と言うより変化の受容。だが、なんでも聞くし、何でも受け入れるから、驚きと言ってもそんな程度。

もう一つ。2ヶ月くらい前にビートルズを見た。新たな身内がビートルズのコピーをしているからではなく、久々にビートルズの映画が公開されていただけのこと。タイトルも忘れかけているけど「エイトデイズアウィーク」だったっけ。デビュー当時のアメリカツアーの話が面白い。結局テーマは『自由』なんだな。ボクらの世代の時代のテーマは。改めてビートルズの自由を思い出した次第。

同じ月に高校時代の友人に会った。彼はプレスリーだった。プレスリーのフリークだった。そのせいもあってボクは今でもプレスリーが大好き。勝手に一人で歌っている。まぁ、ノー天気なんだな。それもいいだろ?(皆さんの同意を求めています)

そんなわけで、カウントダウンは11になったけど、ノー天気なボクは来年も歌う。(笑)

みなさん、よいお年を!(q)

 

posted by: q | Diary | 21:27 | comments(0) |-
カウントダウン11〜9月になった

 前回が6月だから3か月もたってしまった。この間のおさらいをしておこう。自分でも忘れてしまうから。
まづ6月は本牧は隣花苑でTOMOKOさんのライブ。恒例になってしまった感があるけど梅雨の合間の隣花苑はホントにいい。今年は雨こそ降らなかったものの数百年を数える日本家屋には雨がよく似合う。雨露を含む隣花苑の花や植物が鮮やかで、その上落ち着いた色を醸し出す。そこに軽妙な音楽だ。これ以上何をかいわんや。
 代わって7月はas4Mで仙台に。
ここまで書いて止ってしまった。気が付けば1年2か月後。

何故とか、ど〜して、とか、言ってみたところで、書かなかったんだからしょうがない。書けなかったんだからしょうがない。

それでいいよね。兎に角BDが過ぎて古希まで一年を切ってしまった。だからカウントダウン11。

づ〜っと書かないと死んだと思われるから(それもいいかも)また書きま〜す。今度は何を書こうかな。

(q)

posted by: q | Diary | 23:42 | comments(0) |-
71 その3
キンヤさんのところでお終いの筈だったのに、その先まで書いておきたくなった。
『23時ショー』の話だ。
ロングストリーと言うよりもエピソードをいくつか。
 夜中の11時に視聴者参加の道を開いたと言えば聞こえはいいか。今時、こんな時間帯に生放送なんてないでしょ。そういう意味じゃ夜中に視聴者参加なんて何の意味があるのかと思えるけど、「幼な妻コンテスト」「大根足コンテスト」などナンセンスに見えるけど人がうわさ話としてするような事、公に話をすることなどなかったような話題。ともすればネガティブなテーマ。それらを明るく夜中の話題にした。ポイントは『明るく』かな。自分の持つ劣等感みたいなものを、開き直りと言うか、堂々と語ることで、ポジティブに転化する。そんな力がこの番組にはあったような気がする。それはそこに集うことになった21人の気持ちみたいなもんだろう、とも思う。ボクは何をしたのかと言うと、今でも覚えているのは、大阪に暮らしていた13人家族の話。確かご主人は再婚で、お相手が子だくさん。とにかく11人の子供を抱え、サラリーマンの給料では暮らせないと一念発起、会社を辞め、脱サラの上、確かその時はタクシードライバーとして日夜働きづめの生活を送っていた家族がいた。どこかの雑誌に取り上げられていたのをその当時としては「考えられない生き方」として取り上げた。ディテールは忘れているけど、今でも時々マスコミには大家族の話が出る。そんな話のさきがけかな。もちろん新幹線に小さな子供たちを乗せて六本木のスタジオまで連れてきた時、子供たちは大はしゃぎ。あの子たちももう40を過ぎて立派に暮らしていると思う。

 その年の暮れに「23時大賞」と言う、夜を明るく、楽しくしてくれた楽曲(人)に感謝を伝える(表彰)番組を作りました。1971年のことだからまだ衛星を利用した海外とのネットワークや生中継は難しい時代だけど、それでも「エルビス・オン・ステージ」で復活を果たしていたプレスリーを表彰したかったんですね。表彰?そんな偉そうなことではなく、「ありがとう。日本には貴兄のファンが沢山いるからね」そんなメッセージが送れたらよかったんだ。ダメもとで一応、編成部に交渉。「衛星中継できませんか?」答えはいらないよね。100万円だって。1分あたり。ホントかどうか分かりません。ただ、ボクの給料その当時5万でしたから、価値観たるやご想像を。結局、エルビスには(偉そうに自分ではこう呼んでおりますが…)法被、そう、着物の法被です(英語の「Happy」に繋がるから)、これを送り、感謝と業績を讃えました。「23時大賞」にはその年、大ブレークした尾崎紀世彦さんが選ばれました。ストレート・アヘッドな歌い方をするシンガーはそのころからテレビで活躍するようになりました。音楽の世界で言えば、いわゆる歌謡曲一辺倒だった時代が終わり、フォーク・ロック・ポップス、そしてアイドル、シンガー・ソングライターの時代へと大きく変化して行く幕開けの年でした。23時大賞は13%を超えるレーティングをとり、もちろんこの時間帯での当時の記録ホルダーです。
 年が明けて72年の1月、就職のため日本教育テレビ(テレビ朝日)を辞め、横浜のテレビ局へと向かうことになります。
すでに尾崎紀世彦さんも鬼界に入られ、日本人離れしたあの歌声を聴くことができないのかと思うと残念ですが、ボクにとっては71年も激動の1年であり、忘れることができない1年でした。もちろん楽しい1年でした。(q)

 
posted by: q | Diary | 20:29 | comments(0) |-