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★candleをご購入頂いた皆さん、ありがとうございました。
今年のキミに感謝する、来年の夢を記録する、thanks candle。次回もまた書いてください。
やがてこの輪は日本中に広がっていくと思います。
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71 その3
キンヤさんのところでお終いの筈だったのに、その先まで書いておきたくなった。
『23時ショー』の話だ。
ロングストリーと言うよりもエピソードをいくつか。
 夜中の11時に視聴者参加の道を開いたと言えば聞こえはいいか。今時、こんな時間帯に生放送なんてないでしょ。そういう意味じゃ夜中に視聴者参加なんて何の意味があるのかと思えるけど、「幼な妻コンテスト」「大根足コンテスト」などナンセンスに見えるけど人がうわさ話としてするような事、公に話をすることなどなかったような話題。ともすればネガティブなテーマ。それらを明るく夜中の話題にした。ポイントは『明るく』かな。自分の持つ劣等感みたいなものを、開き直りと言うか、堂々と語ることで、ポジティブに転化する。そんな力がこの番組にはあったような気がする。それはそこに集うことになった21人の気持ちみたいなもんだろう、とも思う。ボクは何をしたのかと言うと、今でも覚えているのは、大阪に暮らしていた13人家族の話。確かご主人は再婚で、お相手が子だくさん。とにかく11人の子供を抱え、サラリーマンの給料では暮らせないと一念発起、会社を辞め、脱サラの上、確かその時はタクシードライバーとして日夜働きづめの生活を送っていた家族がいた。どこかの雑誌に取り上げられていたのをその当時としては「考えられない生き方」として取り上げた。ディテールは忘れているけど、今でも時々マスコミには大家族の話が出る。そんな話のさきがけかな。もちろん新幹線に小さな子供たちを乗せて六本木のスタジオまで連れてきた時、子供たちは大はしゃぎ。あの子たちももう40を過ぎて立派に暮らしていると思う。

 その年の暮れに「23時大賞」と言う、夜を明るく、楽しくしてくれた楽曲(人)に感謝を伝える(表彰)番組を作りました。1971年のことだからまだ衛星を利用した海外とのネットワークや生中継は難しい時代だけど、それでも「エルビス・オン・ステージ」で復活を果たしていたプレスリーを表彰したかったんですね。表彰?そんな偉そうなことではなく、「ありがとう。日本には貴兄のファンが沢山いるからね」そんなメッセージが送れたらよかったんだ。ダメもとで一応、編成部に交渉。「衛星中継できませんか?」答えはいらないよね。100万円だって。1分あたり。ホントかどうか分かりません。ただ、ボクの給料その当時5万でしたから、価値観たるやご想像を。結局、エルビスには(偉そうに自分ではこう呼んでおりますが…)法被、そう、着物の法被です(英語の「Happy」に繋がるから)、これを送り、感謝と業績を讃えました。「23時大賞」にはその年、大ブレークした尾崎紀世彦さんが選ばれました。ストレート・アヘッドな歌い方をするシンガーはそのころからテレビで活躍するようになりました。音楽の世界で言えば、いわゆる歌謡曲一辺倒だった時代が終わり、フォーク・ロック・ポップス、そしてアイドル、シンガー・ソングライターの時代へと大きく変化して行く幕開けの年でした。23時大賞は13%を超えるレーティングをとり、もちろんこの時間帯での当時の記録ホルダーです。
 年が明けて72年の1月、就職のため日本教育テレビ(テレビ朝日)を辞め、横浜のテレビ局へと向かうことになります。
すでに尾崎紀世彦さんも鬼界に入られ、日本人離れしたあの歌声を聴くことができないのかと思うと残念ですが、ボクにとっては71年も激動の1年であり、忘れることができない1年でした。もちろん楽しい1年でした。(q)

 
posted by: q | Diary | 20:29 | comments(0) |-









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